【生存バイアス】人は成功者に憧れ、情報を買うが本当に役立つのか?

𖠅ビジネスで使える行動心理𖠅

どの書店に行っても成功哲学書の様なビジネス本が至るところで見られる。
ビジネス本のほとんどが、どうやって成功したのか?の武勇伝の様な内容が多い。

成功している経営者の考え方を知るという意味ではこの様な成功体験の本は参考になると思うが役に立つ情報か?と言われると疑問に感じる。
それでも人は他人の成功体験に少しでもあやかろうとする。
そして錯覚を起こす。

『成功者と同じ行動、思考を持っていたら自分も成功する!』と。

冷静に考えると、成功例というのは極一部の参考例に過ぎない。
全ての成功者はその裏には幾つかの挫折と失敗を繰り返した結果、成功を掴んだだけで全てが成功のわけがない。

成功者の考えを知るのは悪いことではない。でも成功者と同じ行動、思考を持ったところで同じ様な成功をする事はない
もし、それで成功していたのなら世の中は成功者しかいなくなる。

■成功の錯覚

⚫︎生存バイアス

ビジネス書や雑誌などで紹介されるのは、多くの負けた人の話だけではなく、数少ない成功者の話という点。

成功した人は、実はかなり極端なサンプルであり成功していない人達に比べて圧倒的に少数派なのに、『成功』という一部分にだけ目がいき、その裏に隠れている『失敗と挫折』を見逃してしまう心理のこと。

メディアは成功者しか取り上げないから、その方法を使えば成功すると認識してしまうことは多い。
この生存バイアスを理解していないと、他者の成功体験を都合よく使用され騙されやすくなるので注意が必要。

⚫︎成功者の言葉

例えば、ある成功者が、
「会社や学校は辞めてすぐに起業しろ!」とビジネス書に書かれている事はある。
「起業しないと一生会社に使われる」
「自分は起業したから自由を得た」
似た様な文言の内容は起業家の本を見るとかなり多いと思う。

確かにこの内容は事実かもしれない。
では同じことをした時に、どれだけの人が成功出来るか?を考えた時、本当にすぐに起業することが最善の選択肢なのかというのはわからない。
何故なら、置かれた環境が人それぞれだから。

元々事業をしている家庭で生まれていたら小さい頃から様々なお金の教育をされ、実際の現場を見ながら経営とは何か?を知った状態の人と、公務員家庭で安定と継続が大切と教え込まれた家庭の人は、起業というスタートラインがそもそも違うのにあたかも同じ様に考えられることがある。

成功は最終的な目的地であって、目的地が変われば選択肢は無数にあり、その選択肢の1つがすぐに起業するというだけに過ぎない。
多くのビジネス書は裏に隠れている基礎ベースや置かれた環境、時代を省いて成功したところだけを切り取っている。

⚫︎人生の成功とは?

人生に「こうすればこうなる」という法則はない。
それは人それぞれ生まれた時代は違うし環境も違う。
さらには人の能力や性格もそれぞれ。
何より、その人が求める成功の基準が全く違う。

ある人はお金を稼ぐことが成功と考える。
ある人は周りの人にチヤホヤされることが成功と考える。
ある人は家庭と仕事のバランスを成功と考える。
ある人は自分の好きなことが出来れば成功と考える。
成功の基準は幸せの基準と同じく誰かと基準が一致する人は存在しない。

1番重要なのは、何かを得る為には何かを捨てなければいけないということ。
毎日、24時間という共通のルールの中で生きている為、何かを得る為には何かを捨てなければ得られないと思う。

必死に誰よりも努力して事業で成功の裏には、プライベートでの休まる時間を捨てなければいけない。
事業拡大をする為に休みなく仕事をしたら当然家族との時間は取れない。
仕事と家庭を両方取れる人は、成功する人の中でもかなり稀。
それすらも出来ると思ってしまうのが生存バイアス。

モチベーションを上げる為に成功者の本を読む事は決して悪くないし、情報収集という意味では良いことだと思う。
ただ、その情報に囚われすぎると失敗する。

■努力は報われる?

⚫︎努力は報われない人が多い

どこでも聞かれる言葉でもある、努力は報われる。
確かに努力しなければ成功ややりたい事を実現出来ないのは事実。
それでも努力しても報われない人は世の中に恐ろしい数の人がいるのも事実。

努力しても報われない人に対して、
それは努力が足りなかったから!と簡単に片付けてしまう事はあまりにも乱暴の様な気がする。
その人なりに努力はした結果、努力の方法が時代にマッチしていなかったから報われなかっただけ。
でも、この当たり前のことを信じて皆んな頑張っている。
努力が報われない人は多い。
何かに理由で夢を諦めなければいけないということも多いと思う。
でも努力しなければ前には1歩も進まない。
ビジネス本を読むと結局のところ、誰よりも努力しろよ!ってことに行き着く。

自分の座右の銘。
努力が報われないければそれはまだ努力ではない。
そもそも、努力していると思っている段階では努力ではない気がする。
努力している自分に酔っているだけ。

⚫︎過去を振り返った時に努力を知る

努力は後から振り返った時に、「あの時頑張ったなぁ〜」と思えることで今思うことではない気がする。

過去の延長線上に今があると実感できる言葉。
辛いと思っていること繰り返して、それが思い出となった時、本当に努力したということかもしれない。

■最後に

努力、成功、錯覚と熱をもった最もらしいことを書いている自分もまだまだ未熟。
そんな未熟な自分は今はこんな感じにはなりたくないなぁという面白い記事を発見したので紹介。

⚫︎こんな大人になりたくない6つのパターン

①自分だけしか考えず無責任な人

②不健康自慢をして頑張っている感出す人

③過去の栄光をいまだに引きずる人

④気合いと根性でなんとかなると思い込む人

⑤自分が全て正しく相手を否定する人

⑥どうでもいいギャク連発の人

色んな大人を見ていると、自分の成功は自分が楽しいと思えることを貫けること。
そして、人から見て『ダサいな』と思われることだけはしないこと。
そう考えると、カッコいい大人って思える人は極一部。

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