思うがままに進む!反省しない、謙遜しない、清貧夢見ない。【手袋を探す】が教えてくれた⁉︎こと

𖣯日々の気づき𖣯

人と自分を比べると少しズレていることが多い。
それことが価値観のズレだと思う。
そう考えて自分の価値観を分析する機会を持つことも良いかもしれない。

自分の価値観を知ることで、自分の嫌なことは何か?何に我慢をしているのか?が分かる。嫌なことを取り除く、または距離を置くことで精神的に安定する気がする。
ありのまま、思うがままに生きる!

それを強く思わせてくれたのが、向田邦子さんのエッセイの中に書かれている【手袋をさがす】
#妻がコレだけ読んでてことで読んでみた

普段エッセイに興味もないし、興味があるものは漫画かビジネス書位。

ファッション誌も興味がないし趣味系の雑誌にも興味がない。
興味があることが極端に少ないからエッセイを読むことはない。
普段興味がないことでも、そんな考え方もあるのかと知るという意味でエッセイって面白い!

その中の一説が好き!
私は決めたのです反省することをやめにしようと。
私は「清貧」ということばが嫌いです。
それと「謙虚」ということばも好きになれません。

なるほど!
そして自分も同じ考えだと!(笑)

■思うがままに!

⚫︎自分を振り返る

思うがままに生きられたら凄く楽しい。
何かを得ようと思うと何かを我慢し、我慢が多くなるとそれが当たり前の生活の一部になってしまう。
その当たり前の生活にならないように思うがままに行動する。
思うがままに生きられる環境を掴むことは非常に難しい。

これまでの人生で興奮して寝れなかったことを振り返ると、

①絵を買ってみた

大学は生活費も学費も自分で調達する中、車を買う為に貯めた100万円。遊ぶことを諦め、勉強すると決めた瞬間の次の日にお金を使いたくて絵を買ってみた。1枚では100万を超えなかったから2枚も買って、予算オーバーで借金を背負う(笑)
#騙されたというより買いに行った
当然周りの友達は引いていた。

②海外逃亡

何もないのに独立し、必死になり過ぎて体の色々な穴から血が出てヤバイと思って、何を血迷ったか仕事を出来ない環境ってことで、なけなしの30万を握りしめ初めての海外にバックパックで国外逃亡。
そして到着3日で所持金が尽きるというハプニング(笑)

③オランダで迷子

オランダに仕事で行った時、2日休みがあったから英語も喋れないくせにユーロスターに乗ったらフランスに行けるらしいという情報だけを頼りにとりあえず行ってみた。
帰りの電車で仲良くなった現地人と車内で飲んでいたら、どうやら行き先を間違えたみたいでオランダのよくわからない所に1人降り立った。
目的地から電車がドンドン離れていくのをGoogle地図で見ていたら面白くて笑った!#仕事の仲間はドン引きされマジで大人に怒られた(笑)

思うがままに動いた時、結果予期せぬことが起こったとしても笑って過ごせるし、何よりネタになる。

新しいことが挑戦出来るのは、見たことがない世界を覗く快感を得たいからだというのが自分の価値観。

⚫︎思い通りにいかない社会

思い通りに行く生活が続けばみんな幸せ。
子供の頃は周りの大人が思い通りにさせてもらえる期間は幸せと感じる。
それが、少しづつ大人になり色々な制約がつき諦めなければいけないことが出てきて思い通りにいかなくなる。

1番わかりやすいのがお金。
お金に何不自由なく生活し思い通りに自分の将来の選択肢を得られる人は自由奔放であったり、上品なのは思い通りに生きれたことが心の余裕となり純粋さを残したまま成長したからでは、とたまに思う。

一方、お金の制約があると、やりたいことも出来ない。
海外留学をしたくても家庭にお金がなければ出来ない。
スポーツを極めたいと思ってもそれを支えて貰える環境がなければ出来ない。

お金という制約が自由を失わせ、思い通りにならないケースがある。

清貧という言葉はお金があることが出来る選択肢を増やすということから目を逸らすために刷り込まれた言葉のような気がする。

自分の家庭は貧乏だったから、お金がなくやりたいことを我慢してきた。
勿論、その中で得たモノが今の自分を支えているのは間違いないが、貧しくても豊な気持ちという状況はなかなか難しいと思う。

■清貧(せいひん)とは?

清貧とは無理に富を求めず、正しい行いをして貧しい生活に甘んじていること。

多くの日本人が大切にしている価値観の一つと言ってもいいかもしれないが、この考え方が浸透していることから、
お金=汚いものという間違った考えになているもの事実としてある。

特に日本人はお金の教育を嫌う。
そして多額の寄付に対して、「偽善者」「売名行為」と思うのはまさにお金持ち=汚い稼ぎ方をしていると思っている人が多い証拠。

本来、清貧の意味は、欲に溺れ悪いことをするのを戒めるための言葉個人的な信条として使われている言葉
それが貧しいことこそ清いことだ」という間違った教訓めいたものに変わった結果が、日本ではお金の教育がタブーになったのではと思う。

⚫︎清貧に支配される

清貧に支配されるとどうなるか?
「お金持ちになりたいなんて欲深い人間だ」
「お金のことを口にすること自体卑しい」
「我慢や忍耐こそ美徳だ」
などといった考え方に支配されるようになってしまう。

お金を稼ぐことが悪いような間違った考え方が浸透し、お金を稼ぐことに目を背ける。
そうなればずっと貧しく生活するだけで、それを美徳としてしまう。

見方を変えれば、それは選択肢がないから貧しさを受け入れ、その中でひっそりと幸せを見つけるという考え方で、自分がこの言葉が綺麗事と思うのは選択肢がない中で自ら選んで得たものでないという清貧は嫌い!

清貧は痩せ我慢!

■正しい清貧

自分の欲求に対し抑圧された息苦しさを感じる痩せ我慢であってはいけないと思う。

清貧というのは軽やかでサラリとしたものであるはずで、息苦しさを感じる言葉ではない。
欲望を捨てて受け入れるという意味ではなく、欲望を叶えつつも自由を得ること。

抑圧された欲望は、自由に生きる人への「ひがみ根性」として出ているのが、お金持ちの行動に対しての批判だと思う。

寄付する人は偽善者、売名行為お金持ちは皆んな汚い稼ぎ方をしているってひがみ根性の塊のような言葉。

⚫︎貧乏だけど心は豊か

多くのメディアで「貧乏だけど心は豊か」という題材のサクセスストーリーが好まれて作られる。
その場合、
貧乏=ヒーロー 
金持ち=悪役のような構図で最後は貧乏だったヒーローが金持ちをギャフンと言わせるストーリーが好まれると同時にあることが刷り込まれる。

「貧しい人こそ善人、金持ちは悪人」という間違った価値観。
この価値観こそが日本人が貧乏を無意識に納得してしまっている原因だと思う。

⚫︎清貧の二元論

人間を「清いー汚い」と「貧乏ー金持ち」の二軸で考えると「貧乏=清い」「金持ち=汚い」という二元論にしてしまう可能性がある。

その場合、「貧しくとも心豊かに生きる」か「魂を売ってお金持ちになるか」の二つに一つだと思い込むことがあるけど、世の中のためになる事業で多くの人々を豊かにし、富を得る人は沢山いる。

今、当たり前のように使っている携帯やインターネットがまさにそう。
携帯やインターネットを作った人は莫大な富を得たが、それは悪いことですか?ということ。

お金に汚い人も確かにいるけど、その人は長く続くわけがない!
汚い人間は心が貧しい。
そんな人を見て蔑むのではなく、世の中の為に頑張っている人を見た方がいいと思う。

正しい意味の清貧とは質素で清らかな生活スタイルのこと。
そこに痩せ我慢やひがみなどの抑圧された欲望はない!

■あるがままを受け入れる

反省をしない!謙遜しない!

反省した方がいいし、謙遜したほうがいいのは知っている。
でも、何かを我慢して抑えてする行動なら意味がない。

色々な経験を経て自然と身についたものでなければ謙遜は意味がなく、作った謙遜は表面的なものですぐにメッキが剥がれる。

反省もしたほうがいいけど、過去に縛られたくない自分は次に進む。
ダメだったことは次やらなければいい!
それでも次に同じことをしてしまったのであれば、その次にしなければいい!
あるがままを受け入れ、思うがままに進むことが結果豊かさを得るという考え方もあるかなと思った。

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