未完の美学「わびさび」と完璧の美学「モダニズム」、日本と西洋の美意識の違い

𖣯日々の気づき𖣯

未完の美学という独特の考え方の存在がある一方、反対の完璧主義の美学も存在する。
日本人が西洋に憧れるのはこの価値観が異なる美意識への憧れで、逆に欧米人が日本に憧れるのも同じ感覚だと思う。

日本の美意識を「わびさび」と表現すると欧米の美意識は「モダニズム」と表現出来る。

言葉を変えると未完の美学の「わびさび」完璧主義の美学の「モダニズム」自分がどの価値観を持っているか知ること、そして異なる価値観を知ることも大切だと思う。

■未完の美学の原点は禅の教え

⚫︎禅の広まりが日本の美意識を広める

美意識のルーツを調べると、禅の教えに辿り着く。

禅の考え方は未来永劫を狙い完璧なもの避けるという考え方がある。
それを表現しているのが古来からある様々な建造物で京都には色々なところにその名残が残っている。

京都観光に来て、美しいと思う庭園や神社。
そのほとんどが禅に関わっていると思う。

何が美しいかと考えた時に、非対称な空間や長い年月をかけて作り上げた空間、これを簡単に表現すると「わびさび」になると思う。

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⚫︎禅から茶道へ

「わびさび」の美意識を世界に広めた岡倉天心「茶の本」には日本人の美意識がどのように発展、広まったか細かく記載されている。

その一文を抜粋すると、
茶道は本質的に不完全なものへの崇拝であり、人生というこの不可能なもののなかで、何か可能なものを成し遂げようとする繊細な企てである。

さらにこんな一文、
本当の美しさは、不完全を心の中で完成させた人だけが見出すことができる。

そして茶道を日本に広めた千利休が「わびさび」と唱えたことで日本中にこの美意識が広まった。

未完の美学を説明しようと思うと、どうしても表現が難しい。
未完成だから美しいという解釈の前提は、完璧を求めた人が意識的に余白でも不完全を表現することで美しさを際立たせるということなのかもしれない!

■わびさびとは

「わびさび」と聞いた時、言葉ではどんなモノか伝えられなくてもイメージは出来ると思う。

そもそも、わびさびとは何か?
すぐにイメージできるのが、質素で静かな様子や不完全であることをよしとするようなこと。

だた、実際は侘び(わび)・寂び(さび)のふたつの名詞が繋がったもので、それぞれ意味も違うわびは「侘しさ」さびは「寂しさ」漢字にすると何となくわびさびのイメージが浮かびやすくなってくる。

「さび(寂び)」は
“古びる、色あせる、枯れる”など「表面的」なこと。

「わび(侘び)」は
“気落ちする、悲嘆、鬱々”など「内面的」なこと。
どちらも一見、ネガティブな意味に感じる。

粗末で寂しい様子や感情が、やがて茶の湯や禅などに見る“精神性の豊かさ”と捉えられるようになり、日本人独特の感性として根付いていったと言われている。

⚫︎侘びとは

わびは「侘び」と書き、動詞「わぶ」の名詞形。

「(1)わびしいこと。思いわずらうこと、悲しみなげくこと (2)俳諧(はいかい)・茶道の精神で、おちついて、静かで質素なおもむき。閑寂」
(出典:「新選国語辞典」)

もともとは、「思うことがかなわず悲しみ、思いわずらうこと」という意味でしたが、室町時代あたりから、失意や窮乏(きゅうぼう。金銭や物品が著しく不足して苦しい様子)などの自分の思い通りにならない状態を受け入れ、積極的に安住しようとする肯定的な意味・内容をもつようになった。

置かれている状況を悲観することなく、それをむしろ楽しもうとする精神的な豊かさを表現した言葉。

⚫︎寂びとは

さびは「寂び」と書き、動詞「さぶ」の名詞形で、「古語大辞典」によると、「日本の古典芸術の代表的な美のひとつ。

現象としての渋さと、それにまつわる寂しさとの複合美のこと。

精神性を表現した侘びとは異なり、寂びは内面的な本質が表面的にあらわれていくその変化を美と捉える概念。

⚫︎寂びの美学

寂びの美学を表すものとして多く残されているのが俳句。

その代表的な松尾芭蕉の俳句
「古池や蛙(かわず)飛び込む水の音」「閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声」

わびさびを表現していると思ってこの句を読むと何となくイメージが膨らむ。

■「わびさび」と「モダニズム」

日本独自の文化でもある「わびさび」を世界の『Wabi-Asahi』の火付け役となったとされているのが、レナード・コーレン著【わびさびを読み解く】と言われている。

⚫︎わびさびを読み解く

わびさびという美意識を海外の人が客観的に分析している為、「わびさび」の意味を深く知ることができる。
“わびさびを読み解く”の中にモダニズムとわびさびの比較があり、この比較こそがわびさびを深く知るヒントとなる気がする。

言葉で比較すると確かにと思うことばかり!

例えば
モダニズムは論理的、合理的な世界観、人工素材、滑らかに表面、冷たい、完璧な物質が理想。

わびさびは直感の世界観を示唆、自然素材、粗い表面、温かみ、完璧な非物性が理想。

このように言葉を比較すると腑に落ちる!

⚫︎ないモノに憧れる

人は自分にない感覚に憧れる。
わびさびの文化に触れているとモダニズムに憧れ、取り入れよとする。それは自分にない感覚が新鮮に感じるからだと思う。

ただ、新しい感覚を取り入れて時に大切なのが、表面的なモノではなく本質的なモノを理解できなければいつまでたっても美しいモノはできないということ。

自分の美意識を見つめ直した時、日本人がどんなに頑張っても本物のモダニズムは表現できないと思う。
一方、海外の人が本物のわびさびが表現できないのと思う。それは育った環境が違うから!

美意識もそうだけど、個性まず内に秘めるモノの本質と向き合うことから始まる気がする。

“本当の美しさは、不完全を心の中で完成させた人だけが見出すことができる。”

まさにそうだな。

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