【継続できない理由】昨日より前に進んでいるか目に見えて確認できないと不安

𖣯日々の気づき𖣯

「継続は力なり」と誰もが知っていていることだけど、何事も継続するのって難しい。だから凡事徹底できる人とできない人の差が広がる。
生まれた環境や場所によって、最初からスタートラインが異なるのが社会。
最初から差があるのに、同じ歩みをしていたら当然差は埋まることはない。世の中で唯一同じ条件なのが、今生きている時間。

時間は場所や環境は違っても誰もが同じ
去年コロナが襲来して大変だと思っていたけど、もうそんな生活も1年たった。あっという間の1年。
時間はあっという間に過ぎていく。

過去を振り返ったときに、「あの時、自分は何をやっていたんだ!」と後悔しないために、今を真剣に考える。

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■継続できない理由

⚫︎なぜ人は継続できないか?

継続は大切だと誰もが知っているにも関わらず、継続できないのはなぜか?
それは、目に見える結果がなければ心が簡単に折れるからだと思う。

例えば、
ダイエットは最初は数字で自分の努力成果が見えるから楽しいから熱中する。
でも、停滞期が来ると「努力しても成果がでていない」と感じるようになり挫折する。

勉強も同じで自分の場合、新しいことを覚えたり問題を解けると楽しくて続けられるけど、ひたすら暗記するだけとかは続かない。算数は好きだけど国語は苦手っていう典型。

前に進んだと確実にわかることであれば継続できるけど、昨日より前に進んでいるか目に見えて確認できないと不安になるこの、目に見えて確認できないと不安になる結果が継続できない理由。

⚫︎モチベーションは長く続かない

継続できない理由はモチベーションの低下。
モチベーションは時間が経つと誰もが低下する。
これは誰もが同じでモチベーションの低下と向き合い続けた結果が継続となる。

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例えば、
スタイルがいい芸能人やモデル。
あの体型を維持するには、日々の食事制限や運動などを継続的に続けなければ維持すらできない。

プロスポーツ選手も同様で、特にプロで活躍し続けることができるのは極一部だけど、スポーツ選手にとって時間の経過はそのまま体の衰えにつながる。
どんなに努力しても体は衰え維持することができなくなり、第一線で活躍できなくなったら引退する。

⚫︎レジェンドと言われる人

そんな中で、MLBで40代まで活躍し続けたイチローや、50代に突入しているのに未だ現役のカズがレジェンドと言われるのは当たり前。

体の衰えをカバーするくらいのトレーニングや食事制限、体調管理を徹底し、何より自分の体の衰えに真正面から向き合える精神力が凄い。
体力の衰え、さらに反復練習を繰り返す継続力、モチベーションが低下する要素やきっかけはいくらでもあるけど、そこから目を逸らさずに打ち込み続けているから多くの人から尊敬されている。

皆んなができないことをできる一部の人を「レジェンド」と呼ぶ。

1993年、Jリーグが開幕してワクワクしていた時のスーパースターが未だに現役という事実を目の当たりにすると、「自分は努力してる?」と考えさせられる。

努力を当たり前のようにできる、続けられる人の周りには、人が集まるし尊敬される。
それはプロスポーツ選手に限らず、全て同じのような気がする。

何故なら、努力し続けることがどれだけ難しいか知っているからこそ、どの世界でも努力し続ける人は尊敬されるのだなって改めて感じた。

■継続できないと向き合う

⚫︎だったらどうするか?

勉強でもダイエットでも継続できない理由は、前に進んだと確実にわからないから不安になるのであれば、それを少しでも軽減できれば「前に進んでいない」という不安が少しだけ解消される。

前に進んでいると実感できることを習慣化できたら続けられるってことだな。

前に進んでいることが確認できることは沢山ある。

本を読めば今日読んだページ分が前進するし、運動した日を手帳に印をつければ、過去に運動した日がわかる。
前進したことが自分で視認化させるということは結構大切。
でもそれだけでは続かない。

そんな時に必要なのがある程度の強制力。

⚫︎強制力が継続のきっかけとなる

コロナで行けなくなったけど1年前まではGYMに通っていた。
元々運動は嫌いではないし、汗をかくのは好きだったけど、GYMに行かなくなってすぐは家でYouTubeを見ながらトレーニングはしていたけど、今は全く続いていない。

英語を勉強しなければと思って、教材を色々買って勉強したこともあったけど続かない。
どうやら自分の思いと行動は一致させることは本当に難しい。

だったら、続けられたことを分析すると、自分の場合続けられることに共通しているのは強制力自己犠牲

例えば、
GYMで体を動かす。
勿論、健康のために始めることだけど貧乏性の自分はなけなしの小遣いの一部でGYM費用を払っていると、「行かないと勿体無い」「元を取るためには最低週2日は行く」という【運動=健康】という動機以外に、【お小遣いからお金を出している=行かなければ損する】という別の動機がGYMに行く強制力となる。

自分の身を削ってお金を払う<元を取る

この関係が続けばとりあえずGYMに行く習慣が強制的に生まれる。
GYMに行けば30分は確実に運動するから、まずはGYMに行く習慣を強制的につけると続くみたい。

そこに大切なのが自己犠牲。
自分の小遣いの中から費用を出しているという自己犠牲が動機ともなる。

もし自分の小遣いを使っていなければ、「まぁ〜いいか」と思うことが多いかもしれないけど、自分の小遣いを犠牲にしてGYM代を捻出していると、「行かなきゃ!」となる。

#なんともケチくさい動機(笑)

⚫︎失敗例

自分の失敗例。
インプットしたことを強制的にアウトプットする手段としてブログを活用。
ブログを書くことは自分の時間を使う。

「毎日描き続ける」という強制力を持って続けてきたけど、自分の場合それが習慣化されたけど、「毎日書く」が使命感となり重荷、そして続けることが目的となり、本来の目的である勉強することから目的が離れてきた。
そこで去年末から変えてみた。

自分の場合ブログを書くのには最低2時間はかかる。
以前は「毎日書く」が目的になっていたから、朝5時半には起きてブログを書いていた。
勉強して仕事に活かすが当初の目的が、睡眠時間を削って勉強しているのに、昼間は凄く眠くて仕事のパフォーマンスが落ちるという状況。

本末転倒だった。

それで一旦ブログを書くことから軸足を抜いたのが今年の初め。

自分に場合、ブログの目的は収益でもなく頭の中の整理(自己満足)。

ブログを残すということが前に進んだと実感できるから続けてきた。
アウトプットを強制的にすることでインプットを増やすことで勉強する習慣を身につけた。
でも無理して体と気持ちが悲鳴をあげた。。。

それが失敗例。

■強制力と自己犠牲もバランス

自分の失敗例を見た時に、やはり何事もバランスが大切って凄く思う。
気持ちだけでは何事も続かないし、体と気持ちが絶妙なバランスを保てることが継続の1番の方法。

継続させるために必要なのが、

①前に進んでいるという確認
②強制力と自己犠牲のバランス

この2つかなって思った。

この2つを意識して継続したいことを組み立てると意外と長く続くかもって今は実験中。
前に進んだと確実にわかることであれば継続できるけど、昨日より前に進んでいるか目に見えて確認できないと不安になる。
この、目に見えて確認できないと不安になる結果が継続できない理由。

「だったらそうするか?」

他人と比べず自分と見つめ直し、今できることを進める。

まずはその一歩から!!!

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