自分では嘘だ!と思う非常識でも、人によっては常識となる。金メダルを噛むという異常な考えもあり得る

✏︎学んだこと✏︎

賛否があった東京オリンピックは無事閉幕した。
選手達の努力の成果が多くの感動をもたらし、過去最高のメダル数という結果が社会に明るい話題をもたらした。

各国選手達の歓喜や悔しさ。
自分の力を出し切れた選手と、悔しさしか残らなった選手。それぞれの人間模様が感動的だった。

個人的には、やっぱり久保選手の涙がジーンときた。この悔しさをバネに大きく飛躍してほしいなぁ。
そんな感動の数々の裏には、「えっ」っていう話題が多かったのも今回のオリンピックを記録として残そうと思う。

■それぞれの常識

⚫︎手のひら返しのメディア

誰もが常識だと思うことでも、立場や目線が変われば非常識となる。
常識とは、自分が決めたルールでそれの線引きは人によって異なる。

オリンピック開催前、無観客は当然でそもそもオリンピック中止と何度も報道していたメディアは多くあった。
世論に流されるコメンテーターはここぞとばかりにオリンピック批判を繰り広げる。

いざオリンピックが開催されると一斉に批判コメントがなくなり選手を応援する。
数日前の批判が嘘だったかのように。
見事なまでの手のひら返し(笑)

オリンピック批判をするテレビ局も、本音で言えば既にオリンピック放映権を高額購入しているから開催してもらわなければ困る。
でも、世論に流された番組を作れば「批判、否定」を餌とする層からの視聴率は取れる。

手のひら返しする人にも正義があり、多数意見に多いことに流されることで、自らが批判・否定の攻撃から身を守るための防衛本能。
そこに自分の意見へのプライドはない。

関連ブログ⬇️ 手のひら返しする人の理由

⚫︎オリンピック終演後の批判

間違いなくこれから行われるメディアの反応は、オリンピック開催のせいでコロナが拡大したと報じるメディアは絶対に増えると思う。
それは視聴率さえとれたら内容はなんでもいいという常識を持った人が多いから。
これの現状が日本のメディア信用の衰退の原因かなって思う。
鼻息荒く批判するコメンテーターの顔が目に浮かぶ。

「自分は手のひら返ししていない」と思っている人が大多数かもしれないけど、忘れてはいけないのはオリンピック開催前の世論調査結果。
オリンピック開催前は7割位の人が反対していたという事実。
この反対意見をもっていた人達に「オリンピックを見なかったか?」と調査したらおそらく半数以上はしれっと応援している。

オリンピックを見た理由は、「選手の努力とコロナは関係ないから」といった自分都合に切り替わる。これもその人にとっては常識。
これから行われるオリンピック批判は、当初オリンピック開催を反対していた層の7割に向けて発信されていく。
それは批判をあおれば視聴率が取れるから。
結構悲しい現実だけど、それも踏まえて今回のオリンピックは色んなモノが見れた気がする。

■「嘘でしょ」と思う暴挙

⚫︎目を疑う行為

多くの批判を受けている河村市長の金メダル噛み事件。
本人は本心では今だに悪いことだと思っていない金メダルを噛む行為。
流石にこの記事が流れた時は、噛む前に選手に断ってハンカチか何かを挟んで噛んだのかなと言う思いがあったけど、動画を見て流石にびっくりした!
躊躇なくいきなり噛んでるやん!!!

河村市長にとって金メダルを噛む行為は常識。
自分の首に金メダルがかけられた→メダルを噛むパフォーマンスをする、この流れが河村市長の常識。
メダルをかけてもらってから、メダルを噛むまでの時間を見たら、メダルをかける→噛むは河村市長にとっては当たり前の行動だったということ。
ただ、その行為は一般的にはマナー違反、というより笑えないパフォーマンス。
ただ、以前にもシャチホコも噛んでいるという暴挙を行っている河村市長にとって金のモノを見たら噛みたくなるのは癖のモノかもしれない。
#完全にヤベェ人

「普通はメダルは噛まないだろ!」と思う人が多いけど、河村市長は「金メダルを噛むパフォーマンス」という常識で行動をとっている。
世論の批判があったから、本人は間違っていないと思っているけど周囲に言われて気持ちの入っていない謝罪会見。

周りが謝れって言っているから、とりあえず謝罪会見してみただけで絶対に反省はしてないのが画面から出ている。
なぜなら、河村市長にとって金のモノ=噛むはパフォーマンスだから。
#なかなかのぶっ飛んだ市長

選手の所属企業であるトヨタの対応が大人すぎる。
こんな人からの形だけの謝罪は無視する方がいいと言うのがトヨタの判断。

⚫︎SNSでの誹謗中傷

今回注目されたのがSNSでの誹謗中傷。

メダルを獲得した選手達に、一方的な誹謗中傷。
誹謗中傷することで何がしたいのかわからないけど、誹謗中傷する人達からみたら「ムカついたから誹謗中傷した」という常識で動いている。

1番驚いたのが、負けた国の人達からだけではなく日本人も誹謗中傷を浴びせたという事実。
負けた腹いせに感情的になることは100歩譲って理解はできるけど、ただただ批判する人は単純に民度の問題。

今回思ったのは、日本も民度が低下しているということ。
そして、多くの人がストレスの矛先を他人に向ける文化が確実に拡大している。
この問題は、これから貧富の差が出る社会ではストレスを抱える人は多くなり誹謗中傷という手段でストレス発散するという行為をする人は増えると思う。
多くの人は理解できないけど、誹謗中傷する人にとって自分は正義。
例え、人を傷つける行為であってもその人にとっては正義だし常識。

⚫︎オリンピック開会、閉会式の長いスピーチ

色んな情報を盛り込んで伝えたいのはわかるけど、ただただ長いスピーチは伝わらない。全くもって正しい内容のスピーチだと思うけど、自己満足感が強すぎる情報には、結局何を伝えたかったかわからなくなる典型。

開会式でのIOCバッハ会長、橋下組織委員会長のスピーチは2人合わせてなんと20分。「長い!!!」って批判があったにも関わらず、閉会式も「長い!!!」(笑)
#ちょっとだけ短くなったけどね

自分の正義が強過ぎると状況を改善するということが難しいみたいだなって感じた。
沢山伝えたいことがあるから話は長くなるのは当たり前、そんな自分ルールは簡単には変えられないってこと。
「アスリートのために!」というのであれば、全く中身のない業務的な話ではなく、シンプルに伝えることに注力するべきかなって思う。
校長先生のスピーチは、本人からは正義だとしても聞いている人にとっては時として悪意となる。

関連ブログ⬇️ 自己満足作品は伝わらない

■常識は自分が作ったルール

⚫︎自分の常識は全ての人に当てはまらない

自分が100%正しいという人はいない。
正しいこともあれば、間違ったこともある。
常識とは、自分が決めたルール。
「こうあるべきだ!」と決めつけることが、いつしか常識という言葉を生み頭を硬くする。頭が硬くなると、柔軟な判断能力が落ちてくる。

歳をとると頭が硬くなってしまう理由の1つが、自分ルール=社会の常識と間違った解釈が正しいことと思うからかもしれない。
「〇〇は常識」
「常識を考えたら△△」

実は「常識」という言葉を使うことこそ自分ルールを固めてしまい、柔軟性を失うきっかけとなる気がする。
自分ルールで決めた常識以外の考えは間違ったことと否定となり拒絶する。
手のひら返しを自然にするメディア。
金メダルを噛む河村市長。
選手に対して誹謗中傷する輩。
自分を誇示する為の長いスピーチ。

どのパターンも多くの人は間違っていると思える行為だとしても、本人は自分ルールに当てはめた時に、正しい行為だと思っている可能性が高い。
自分の考えが正しいと思いこみ、常識という枠組みで物事を考えると視野が狭まるんだなということ。

色んな考えがあっていい。
最終的に正しいか?間違っているか?の判断は道徳心かなと思う。
その行為が人に誇れることか否か?自己満足の結果か否か?人を傷つける行為か否か?

⚫︎他者目線の重要性

道徳心の基本は、他者目線。
「常識」という言葉は自分の頭を硬くする。
正しいか?間違っているか?の判断は自分ではなく他者の気持ちを害しているか否か?なんかなって思う。

そう思うと、自分では常識だろ!と正しいと思っていることが他人から見たら非常識だろ!と間違っていることと判断されることもあるのだと改めて感じた。
「常識」という自分ルールの枠でとらわれず、他人に迷惑をかけない、他人に喜んでもらうという判断が正しいこととして行動できる人になれたらいいなぁ。

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