声に出せない沈黙という声がある、耳に聞こえない声を受け取る「耳」

𖧷心がけること𖧷

今の世界は誰も予測できなかった。2年以上も続く海外からの輸入規制や、働き方の見直し、さらには終わりが見えない不安感。
時代のルールが強制的に変更になったことで、大きく伸ばした業界や業種もあるが、多くの業界、業種は変化に対応できず今だに苦しんでいる。

まさに今が分岐点。

終わりの見えない不安感が続く中、強制的に将来の在り方について考えることとなった。
考えることから目を逸らしてしまうと、貧困に直結する。
薄っすら広がる絶望の中らからこそ、「心眼(しんがん)」や「心耳(しんじ)」のような古来から伝わることに立ち戻るのが大切なような気がする。

■貧しさとは?

⚫︎いのちの危機

金銭的な貧しさを感じるといのちの危機に·直結している。
2020年の自殺件数はリーマン・ショック後の09年以来、11年ぶりに増加。
女性や若年層の自殺が増えている。

コロナの感染拡大を背景に、経済的な苦境に追い込まれたり、孤立に陥ったりする人が増えてたことが原因。

今回のコロナはリーマン・ショックより大きな経済ダメージを与えている。
経済的な理由でいのちを断つ人の増加は、間違いなく今後増えていく気がする。

金銭的な貧しさは、将来への希望を失うってこと。
ただ本当の「貧しさ」とは、金銭的なものだけではない。

⚫︎貧しさの本質

貧しさとは、「孤独、絶望、孤立」を感じる時だと思う
「孤独」とは、自身で選び取った孤独ではなく、強いられた孤独のこと。
「絶望」とは、希望を断たれた状態のこと。
「孤立」とは、誰の目にも触れないところで「孤独」と「絶望」を抱きしめるしかない境遇を意味する。

この「孤独、絶望、孤立」を感じた時こそ、本当の意味での貧しさを感じる瞬間。
ただ、「貧しさ」を金銭的な不足だけとらえてしまっているとそれは間違い。

世に言う「成功者」とは、金銭的に裕福な人をあらわすような文脈。
最近、世に言う金銭的に裕福で、好きなことをやっているであろう「成功者」がいのちを断つという事例が多くなっている。
三浦春馬さんや、神田沙也加さんのような知名度、才能、お金の全てを持ち合わせていて、一般的には順風満帆かのように思われる存在がいのちを絶ってしまうということを紐解くと本当の意味での「貧しさ」があるのではないかと思う。

精神的な「孤独、絶望、孤立」が「貧しさ」を感じ生きてくことが辛くなってしまった結果が、金銭的にも裕福のはず有名人の不幸な出来事につかなっている気がする。
「貧しさ」とは、側から見たら成功者だと思われる人でも同じで、誰にでも起こり得ることってこと。

⚫︎人を大切にしない社会

経済的に苦しくなると冷静さを失うことはある。
まさに今の社会がその象徴で、これまで人材を育てなかった会社のリストラがまさにその象徴。

リストラしたい人材とは、会社では「不要」になった人のことをあらわすけど、そもそも企業にとって「不要」とされる人材を生んだのは企業の責任で、正確には人材を育てなかったことに問題がある。

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本来教育の根底には「人間」を育み、その人自身に内在する何かを開花させるための寄り添うことが目的のはずが、多くの場合社会に有用な「人材」の育成に重きがあるような気がする。
会社での教育は、それぞれの個性を伸ばすことより、歯車を作ることに重きが置かれる場合が多く、結果「有用」ではないと判断された「人材」は不要であるとみなされる。
人が人を判断する基準が有用か否かという損得勘定が働いていると言うのが現実かもしれない。

「リストラ」「希望退職」という言葉がメディアで多く扱われると、知らぬ間に「人材」が軽く扱われる。
使えないなら切り捨てれれいい」と。

これまで日本の経済を支えたのは、終身雇用といった1度採用したからには家族のように企業が最後まで責任を持つ体質の中で、経済成長が止まったことをきっかけに、企業を守るために切り捨てる社会への変化した。
人を切り捨てる社会。

■現実を受け止めどうするか?

⚫︎今ある環境で自分の居場所を見つける

社会、会社、環境が大きく変わるのは個人の力では止められない。

大きな流れに逆らい自分を貫くのも、流れに合わせながら、徐々に変化させるのも、流れに身を任せて流されるのも判断はそれぞれ。

時代の変化に合わせて自分がどうするかの判断の基準で大切なのが「貧しくならない選択」だと思う。
誰しもがさまざまな「痛み」を背負って生きている。

そんな中で「孤独、絶望、孤立」が少しでも軽減できる環境を自ら選ぶことがこれから本当に大切になってくると思う。

自分の判断に迷うことはあると思う。
そんな時、意識したいのが心眼(しんがん)と心耳(しんじ)。

⚫︎心眼と心耳とは?

心眼(しんがん)とは、目に見えないことを見る眼のこと。
物事の真実を見抜く力とも言われる心眼。

一方、あまり聞き馴染みのないのが心耳(しんじ)。
心耳(しんじ)とは、耳に聞こえない「声」を受け取る「耳」のこと。
心の声を聞くということ。
心では思っていることでも口には出せないことはすごく多い。
この口に出せない状況が沈黙。

「孤独、絶望、孤立」を感じると、自分自身は苦しいし、発散したいけど言葉には出せない。そして自分の中で溜め込む沈黙という手段をとる。
「沈黙」は不安を増長してしまう!

声に出せない沈黙この声を聞くのが心耳
まずは自分の「心の声を素直に聞いてみる。
声に出せない沈黙を意識することは何かの判断に迷った時に大切のような気がする。自分の心の声は他人に無理に解放しなくてもいい。
ただ、自分の心の声はだけは素直に受け入れる努力と、自分と向き合う時間は作らなければいけないと思う。

⚫︎自分と向き合う時間

自分の心の声に耳を傾ける。
その時間を作る方法の1つがマインドフルネス(瞑想)だね。

瞑想が大切と色々なところで目にするけど、瞑想を紐解くと、自分の心の声を聞くという行為かもということに気がつく。
心と頭のデトックス。
その方法の1つが瞑想。

声に出せない沈黙という声を聞く。
自分と向き合う時間を作ることで、自分と素直に向き合い、本当の意味での「貧しさ」から抜け出す!

まずは自分を大切に。
自分が大切に出来ると優しくなれる気がする。
自分の周りを幸せにするには、まずは自分が優しくなれる必要があると思う。
幸せとは、自ら掴むもので誰かから与えられるものではない。
幸せの基準は人それぞれだけど、間違いなく言えるのは「貧しさ」の対局が「幸せ」だと思う

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