坂本龍馬スタイルが一般化!?和装+ブーツコーディネートのが流行している理由と歴史とは?

𖣯日々の気づき𖣯

直近の学生は本当に可哀想。
コロナによって移動制限やリアルなコミュニケーションを遮断されてしまい、自分達が体験できた学生時代の本当に貴重な期間が出来ずにいる。

スポーツに没頭していた自分が一番強く感じるのは必死で練習して掴み取った全国大会の切符をコロナ陽性者が出た途端参加辞退が続出。
高校野球の甲子園大会がなくなったり、高校サッカー第100回の記念すべき大会で準決勝を決めた関東第一の辞退。
憧れの聖地国立で戦うためにベスト4にまで勝ち上がった矢先、関東第一の選手2名がコロナ陽性反応となり準決勝を辞退する羽目に。
さまざまな制限の中でどうにもならない悔しさを体験することになってしまっている学生達。そんな辛い体験をしているからこそ、晴れの舞台は例年以上に感動がある。

卒業式で笑顔で友達と会話している姿を街のあちこちで見かけるとなぜかすごく嬉しくなるし、応援したくなる。

「頑張れ!」っと。
そんな思いもあり、袴姿の人達を注目して観察する機会が多くなった時にふと気がつく。
和装にブーツスタイルの人達が凄く多い!
今日は和装+ブーツスタイルが増えた理由と歴史について。

◼️和装+ブーツスタイル

●坂元龍馬の代表的スタイル

和装にブーツを始めて取り入れたと言われているのが坂本龍馬。
幕末にかけて海外から持ち込まれる様々な情報やモノをいち早く取り入れたのが坂本龍馬。

写真を撮ると魂を抜き取られると言われていたような時代に、海外からきた得体の知らない履き物であるブーツに袴をコーディネートして写真を撮るなど、当時では考えられないことをしていた。

坂本龍馬は33歳で暗殺されている

土佐藩を脱藩して勝海舟の弟子になった28歳、日本で初めての株式会社である亀山社中を作ったのが31歳。
そこから、たった3年もの間に起こった出来事や活動が歴史として受け継がれて多くの人に知られている。
たった3年で日本の仕組みを変えた坂本龍馬の偉業が今考えると本当に凄すぎる!

その1つが和装+洋装の組み合わせ(笑)

●和装と洋装の組み合わせの歴史

坂本龍馬が日本に持ち込んだ和装+洋装の組み合わせ。
そのスタイルが浸透してきたのは倒幕され海外との貿易が盛んになってきた明治維新。
明治維新によって時代が大きく変化した。

開国によって他国の文化が伝わり生活様式、服装様式が急速な欧米化が進み、宮中の礼服は洋服となり、それによって上流社会の欧米化が進み和洋折衷の服装を取り入れるようになってきた。

日本風と西洋風の様式を、程よく取り混ぜるという言葉が「和洋折衷」
坂本龍馬が「和洋折衷」を始めて世間に打ち出したってことだね。

和装と洋装の使い分けが浸透してきた上流階級に憧れた。
高価な洋服に手の届かない一般人は和服にブーツや和服の上にコートを羽織るようなファッションを楽しんでいたことで和装と洋装を組み合わせるというコーディテートが一般化してきたと言われている。

●諸説ある流行秘話

①大塚製靴「革靴ブーツ」

日本で一番古い革靴メーカーが 1872 年創業の大塚商店(後の大塚製靴)。

ブーツといえばイギリス。
イギリスの名高るブランドに匹敵する日本のブランドがある。
それが大塚製靴。

歴史もさることながら1889 年のパリ万国博覧会では銀賞、1895 年のシカゴ万国博覧会では金賞を受賞するなど、技術的にも世界的に認められていた。

明治45年に大塚製靴が「革靴 ブーツ」を発売し
女学生が編み上げブーツを履くようになったことでヒットした。

②少女漫画で一世風靡

女性の間でブーツスタイルを浸透させたものとして「はいからさんが通る」という一世を風靡した少女漫画がある。

アニメにもなりましたし、映画化もされたり宝塚でも公演されるなど女性の間で流行。

実はこの「はいからさん通る」で袴姿&ブーツに人気が出たというのが有力な説。

男性が袴&ブーツが浸透していないのは、このスタイルが過去に流行したことが何にもかかわらず、流行に敏感な女性の中ではヒットしたスタイルとして確立され、袴&ブーツ=女性のスタイルという認識を持つ人が多いのかなと考えられる。

◼️様々な服の変化

●服は楽しむもの

和装しか知らなかった日本が明治維新から洋服を取り入れるようになり、「和洋折衷」という言葉が生まれたが、今では完全に洋式が一般化してきている。
その象徴が洋服。

現在の日常生活では洋服が中心となっていて、着物を着る機会は少なくなっている。
一般的に着物は晴着という感覚が強く結婚式などの特別なセレモニーやお葬式などのフォーマルウェア、礼服として用いられる事しかない。


日本には昔から伝わる、お正月、成人式、七五三などの着物にふさわしい伝統や文化が多くあるにも関わらず、あまり身につける機会が少なくなった。
そんな洋服が一般化した時代だからこそ、晴れの日としてだけど和装を目にする機会は特別に感じる。
特別な時に和装を着る。
そして少しでも個性を出すためにブーツをコーディネートする。

和洋折衷。

時代の変化が激しかった明治維新に生まれた「和洋折衷」の考え方。
全て染まるのではなく、個性を残し取り入れるということだと思う。

個性がなくなってきた時代だからこそ、この良いものを組み合わせることで個性を作るという考え方は新鮮だし持たなければいけないスキルとなっている気がする。

目黒にある雅叙園。

今もなお古びれることなく個性を発揮できるのは和を残しつつ洋の要素をバランスよく取り入れていることだと思う。

バランスよく取り入れる。
これが新たな個性の作り方なんだなと袴&ブーツスタイルで楽しそうに会話する学生たちを見て凄く思った。

頑張れ、学生たち!
きっともっと笑顔になれる時代はあなたなら掴めるはずだと願いたいね。

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