【千羽鶴問題】良かれと思った行為が相手にとっては迷惑なこと、自己満足がおこす配慮の欠落

𖣯日々の気づき𖣯

日本には昔から相手が不幸な状況になっているとき、相手のことを思って「応援する」「無事を願う」という意味合いで思いを込めて追った千羽鶴を渡すという文化がある。

ただ、千羽鶴=応援、無事を願う=良いことと言った概念を持つ人が多く、近年問題になることがある。

善意によって作られた千羽鶴が受け取った側からは悪意と感じるということ。
相手の状況、立場によって千羽鶴は迷惑がられることもある配慮を知ることは大切。

◼️千羽鶴の文化

●折り紙の起源

折り紙の起源は中国やスペインなどから来たと様々な説があるため明確な根拠は分かっていない。

ただし、平安時代には「折り紙」という言葉があったと言われ日本の折り紙は日本独自で発達し、現代では多くの国で「Origami」と通用するほど世界に浸透している。

江戸時代にはすでに「折り紙」の本が出版されているなど、日本古来から受け継がれている。

●千羽鶴の由来

折り紙が古来から日本独自の文化として受け継がれ、その中で「鶴は千年、亀は万年」という慣用句があるように長寿を象徴する鳥として古くから「鶴は縁起の良い鳥」と言われており、着物や小物などの柄に鶴が使用されることが多くなってきた。

鶴=縁起がいい鳥

縁起がいい鳥を折り紙で表現した折り鶴や千羽鶴は、長寿祈願・幸福祈願・災害祈願・病気快癒の意味が込められ、平和のシンボルとして作られたのが始まり。
こうした意味から江戸時代の庶民の間で折り鶴を作ることが流行したと言われている。

子供の頃から慣れしんだ折り紙の作り方の本には必ず「折り鶴」の折り方は書かれているくらい浸透し、折り紙が世界中に浸透すればするほど「折り鶴」は海外の方のおもてなしとして喜ばれるものとなっている。

アパホテルに泊まれば必ず折り鶴が置かれているけど、これは「幸福祈願」をアパホテル従業員が願っているおもてなしの1つとなっている。

●相手の幸せを願うもの

折り鶴は相手の幸せを願って送られる。
折り鶴を作る側は、相手に少しでも良い状況を願い作る。
受け取る側は、自分のことを思ってくれる相手を想像できた時に感謝や活力になる。
友達など作り手のことが想像できる折り鶴は嬉しい。

甲子園などである負けたチームから想いを受け継ぐという意味で千羽鶴を勝ったチームに渡されるというのも、相手の思いが想像できる場合は嬉しい気持ちになる。

本来、千羽鶴は長寿祈願・幸福祈願・災害祈願・病気快癒の意味が込められたもので、受け取る側がこの思いを感じているか否かということが大切。

受け取る側が、千羽鶴に込められた想いが伝わらなければ作り手側の自己満足に変わる。

作り手側は、相手の幸せを願って作ったものが受け取る側からしては全く伝わらないことがある。
これが千羽鶴問題。

◼️千羽鶴問題

●相手の立場を考える

千羽鶴問題がフォーカスさえ始めたのは東日本大震災。

千羽鶴は「平和のシンボル」として、長く日本で親しまれてきたこともあり、災害があると復興を願い自治体に寄贈されることもある。
ただ、東日本大震災など大規模な自然災害が多発する近年では、被災地に贈られる千羽鶴が必要物資の供給を妨げる「ありがた迷惑なもの」として認知されるケースが目立っている。

善意で送られる千羽鶴が、被災地にとっては迷惑でしかない。

被災者が一番欲しいものは食べ物や住居の復興なのにも関わらず、全国各地から送られる千羽鶴は被災地にとってはゴミでしかない。

千羽鶴の作り手の立場から見たら善意。
でも受けてから見たら迷惑の存在となるのであればこの場合は悪意でしかない。

相手の立場によって千羽鶴は悪意に変わるってこと。

千羽鶴=もらって嬉しいものという間違った認識を持っている人が凄く多い。

●相手の状況への配慮

千羽鶴を送った側は、相手の幸せのためにと時間をかけて作った千羽鶴を相手が拒否すると、「こんなに時間をかけて作ったのに失礼!」と感じるかもしれない。
もし自分が被災地の住人になった場合、一番欲しいものは「他人の想い」より「今すぐ必要なもの」のはず。
でも多くの人は「平和を願う想いを届ける」という行為に満足し、悪意があることを自覚できていないというのが問題。

相手に配慮ができない自己満足は悪意でしかない!

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●ウクライナに千羽鶴はいる?

ウクライナ紛争の早期改善を願い全国各地で千羽鶴を送る運動が生まれた。

幸せを願うという気持ちはわかるけど、紛争地で生きるか死ぬかの生活をしている人に千羽鶴はなんの役に立たないことの想像が欠落している人は凄く多い。

「幸せを願っている自分」に酔っている行為ということがなぜ気がつかないのかな。。。

相手の配慮のない善意。

◼️SNSを使った自己満足

●自己満足は悪意

SNSでイイねが欲しい、自分がいい人に見られたいという思いが出ている行為も結構多い。

寄付金を募るために情報発信することは、そのまま被災地にお金という形で届くし、被災地の悲惨さを情報発信することは支援の輪を広げるために良いことだと思う。

被災地にプラスになる配慮がある情報発信の輪は広がった方が良いと思うけど、「千羽鶴を送りました」とか「ボランティアに行ってきました」とかは良いことをしている自分を周囲に知らせたいだけの自己承認欲求でしかない。
このような善意を装った自己承認欲求が一番タチが悪い気がする。。。

本当に相手のことを願うなら、相手が一番欲しいものを想像して行動する。

今、ウクライナで起こっている地獄的な状況の改善を本当に願うなら今できることは難民を受け入れるか、お金を送り続けるかしかない。

それができないなら、早く戦争が終わることを心の中で願う以外は迷惑になる。

ウクライナに千羽鶴を送ろうとする行為は、相手のこと思っているのではなく自己満足したいだけ。

ボランティアしていることをアピールする人。
相手が迷惑だと思われることをし続ける人。
どちらも相手のことを配慮できない悪意のある人ってこと。

相手のことを願うのであれば、もう少し相手の立場や状況に対して配慮できるようにならないといけないなと感じる。

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