日本企業が世界の景色を変えた!その後生き残りをかけて変化した誰もが知っている会社の歴史

✏︎学んだこと✏︎

空白の30年と言われるように日本の経済は伸び悩んでいる。
勢いのあった日本経済を体験していない自分にとって日本企業が世界の常識を次々に変えていった時代を知らない。
まさか時計の歴史を変えた起点を作る衝撃を日本企業のSEIKOが作ったと知ったとき少しワクワクした。

世界中を震撼させ、時計業界の常識を変えさせたセイコーショック(クォーツショック)とは?

グローバル企業と製品の品質、価格と戦いジリ貧が続く日本にとって、セイコーショック(クォーツショック)を境に世界で多くの人が知ることになるロレックスなどスイス高級時計ブランドの戦略が今の日本経済を伸ばすヒントになると思う。

◼️日本企業が世界を変えた?

●今では信じられない事実

「日本企業は世界を変えた!?」と言われてもなんとなくピンとこない。
ガラケー時代にiPhoneが登場し世界の流れを大きく変えたり、Amazonのようにどこでも簡単になんでも買える仕組みを作ったとかは世界を変えたと思うけど、セイコーショック(クォーツショック)はこれと同様のインパクトを与えたと言われている。

そのインパクトの大きさが、世界各国で倒産企業を増やした!
特に打撃が多かったのがスイス。
なんと1969年にSEIKOがクォーツ時計を発表したことで当時時計生産国だったスイスの時計メーカーが10年で倒産が相次ぎ1620社から570社と約1/3まで激減した。

●セイコーショック(クォーツショック)とは?

セイコーショック、またはクォーツショックとは?
当時時計と言えば、ゼンマイ式で衝撃に弱く価格も45万円位と高額で、時計=高級品だった。
それが1969年にSEIKOから水晶を動力に電池を入れることで稼働するクォーツウォッチ「アストロン」が発売されたことを切っ掛けに世界中にクォーツ時計が広まり、今では約97%を占める時計機構となった。
まさにガラケー全盛期に、突然iPhoneが登場しスマートフォンが当たり前になったような衝撃。
スマフォの登場でガラケー製造していた日本の大手メーカーが次々と携帯事業から撤退させられたような衝撃。

●クォーツショックの衝撃

水晶を動力に電池を入れることで稼働するクォーツ時計が何が優れていたのか大きく4つある。

①機械式時計を遥かに超える精度
②製造コストの低さ
③ゼンマイを巻く必要がない
④衝撃に強い

当時の時計業界は機械式時計(ゼンマイ駆動の自動巻・手巻時計)が主流で各社がより優れた精度を目指して品質向上に凌ぎを削っていたが、クォーツ時計の精度はそれを無にしてしまう機能。
製造コストが低く、ゼンマイを動力としないため手で巻く必要がなくなり、時間も正確。
さらに時計技術にノウハウがない企業であっても時計の製造が可能となり、人々は安くて正確なクォーツ時計ばかりを求めるようになり機械時計が衰退していった。

今の日本の家電メーカーが辿った道と似ている。

商品の品質を高めようと凌ぎを削っている間に全く別のアプローチから市場を変えられてしまうことで、テスラが行なっているアプローチも近しいものがある。

関連ブログ⬇️ 「価値を作る」と「商品を作る」の違いとは?

◼️衰退したスイス時計業界の生き残り戦略

●今の日本経済の参考例

かつては「モノづくり大国」として機械性能や品質を上げることが売上につながる時代が終わり多様性が当たり前になり、性能、品質勝負しかできなかった日本産業は衰退の一途を辿っている。
まさに、当時のスイスも同じような状況。
スイス時計業界の生き残り戦略は今でも参考になる。

低価格高性能を実現させたSEIKOのクォーツ時計。
10年間で1/3まで時計メーカーがなくなりその後どのようになったのか?

大きく2つの戦略が行われた。
①低価格路線でのブランド化
②高級路線でのブランド化

それぞれを解説。

①低価格路線でのブランド化

クォーツ時計で真っ向勝負したのがswatch。

薄型で軽量、ポップなデザイン、限定販売など時計=時間を知るものという商品性能に加え、ファンションとしての面白さを加えることでファッションアイテムとして地位を確立した。

時計本来の時間を知る機能+ファッション性。
これがswatchが打ち出した戦略。
デザインとマーケティングを組み合わせた商品だけで戦わないという路線。

商品の品質、機能にとらわれてしまう日本人が最も不向き(苦手)な方法で、日本の家電メーカーが中国、韓国などのメーカーに負け家電の市場シェア大きく落とした要因がデザインとマーケティング。
機能に対して意味を持たせることで新たな価値を作りブランドを成長させた!

関連ブログ⬇️ SONYの逆襲、機能ではなく意味で勝負!

売上拡大したswatchの創始者Nicolas Hayekは、生き残ったスイスメーカーを傘下にいれ、巨大なswatchグループを形成しスイス時計製造背景を守った。

②高級路線でのブランド化

スイス時計(機械式時計)=高級ブランドというイメージが強いように、このイメージ戦略こそが高級路線でのブランド化。

スイスにはロレックス、パテック・フリップ、ブランパン、オメガなど多数の高級ブランドが思い浮かべることができる。

スイス時計→高級時計と言った連想できるようになっていることがブランド戦略。
スイス時計ブランドが行なったブランド戦略こそがVIP戦略。

●プレミアムとラグジュアリーの違い

よく間違われるプレミアムとラグジュアリーの違い。

プレミアムとは、競合商品、サービスの中での最上位のこと。
品質やサービスなどの比較できる競争で、プレミアムはお客さんの納得感が値段となるという意味では価格設定はお客さんが決める!

商品の大体の価格帯や一般的な適正価格というような価格レンジが想像できる製品はプレミアム。
「あの製品なら○○円位かな?」と想像できるものがプレミアム商品のカテゴリーに入る。

ラグジュアリーとは、競合商品、サービスがいない状態のこと。
ステータスや憧れなど、ラグジュアリーに共通することは売り手が価格を決めている
購入の理由は、商品を得ることに対してのステータスであったり憧れだったりする。
まさにスイス時計ブランドを購入する理由。

ヴィトン、エルメス、ロレックスなど誰もが知っているブランドもラグジュアリーブランド。

関連ブログ⬇️ VIP戦略とは?差別と区別が生き残りにつながる!

日本企業でラグジュアリーブランドはどこ?と想像したときに出てくる企業は、、、ない。
これが日本のマーケティングの弱さでもある。

レクサス、ソニーのようなプレミアムブランドはあるけどラグジュアリーブランドはない。
庶民が欲しいと思うブランドはあるけど、憧れやステータスと感じるブランドが日本にはないってこと。

◼️スイス時計ブランドの逆襲

●機能で戦わないと決めた

クォーツ時計が登場し大打撃を受けたスイスの機械式時計。
クォーツショックからスイスの時計業界はどのようにして立ち直ったのか?
その理由がクォーツ時計と「同じ土俵」で戦わないことを決めたこと。
この場合の「同じ土俵」とは性能や値段

実用品として、機械式時計がクォーツ時計に勝つことは不可能なため、これとは全く別のアプローチである機械式時計の「芸術性」に目をつけ、マーケティングでその魅力をアピールした。

その先駆けとなったのが時計業界のレジェンドと言われブランパンの復興させ、現在ウブロの会長のジャン・クロード・ビバー。
現在、多くの時計ブランドが行っているマーケティング手法の多くは、実はビバーが考案したものと言われている。

● ジャン・クロード・ビバーの偉業

ジャン・クロード・ビバーは「スイス時計界の救世主」あるいは「マーケティングの天才」と呼ばれている。
それはビバーがいくつもの挑戦を成し遂げてきたから。
その一部を紹介。

①ブランパンの復興

1735年に創業したスイス屈指の老舗メーカーであるブランパンは、経営難や後継者問題もあり、ある時期から休眠状態に陥っていた。
それを復興させたのがビバーだった。

1983年当時は高精度で大量生産に向いたクオーツ式ムーブメントの全盛期。
製作工程が複雑で、しかも精度がそれほど高いわけではない機械式ムーブメントは、完全に前時代の遺物だと見なされた中でビバーは全く別の視点を持っていた。

ビバーが一貫していた考え方として、
“クオーツ式はテクノロジーの産物。
しかしテクノロジーは常に進化しなくてはいけない。
つまり現段階でいくら優れたテクノロジーであっても、50年後には時代遅れになってしまうだろう。
フロッピーディスクやカセットテープだってそうだった。やがて使いものにならなくなるモノには、誰も大金を投じてくれないだろう。
しかし機械式時計であれば、ほぼ確実に直せる。“

ビバーは機械式時計の最大の特徴でもある確実に直せる=一生愛用できるという点を芸術性と見出した!
一生使える価値のある商品。

それは愛され、修理され、人から人へ受け継がれることで価値が永遠に残るという点を“芸術性“として打ち出し、一生使える愛着のあるものだから高額になるというマーケティングを展開した。
この戦略でブランパンは大成功を収め、これをきっかけに機械式時計さえも復権することになる。

ロレックスのヴィンテージ商品が高値で取引されるのは、時間が価値になると世間が評価したから!

② アンバサダー(大使)戦略

ビバーは大成功させ復興させたブランパンを1992年に手放し、スウォッチグループの役員としてオメガの担当になった時に打ち出した戦略がアンバサダー(大使)戦略。

それまでにも著名人に時計を着けさせることで知名度を高める方法はあったけどビバーは「時計イメージがなかった旬な人物を起用する」ことで話題を作り出す広告戦略がアンバサダー戦略。
なかでもスーパーモデルのシンディ・クロフォードとF1チャンピオンのミハエル・シューマッハを起用したマーケティング戦略がピタリと当たって、老舗オメガにトレンド感を定着させる。

映画『007』シリーズにて、ジェームス・ボンドにオメガの時計を着けさせたのも、ビバーの戦略。

このアンバサダー戦略は今ではどこでも使われているけど、その先がげがビバーが作ったと言われている。

③機能ではなくカッコよさ

2004年、スイス時計界で数々の偉業を達成した超大物だったビバーは当時中堅のウブロのCEOに就任。
CEO就任後、ビバーは3年で売り上げを4倍にすると宣言し、新作モデルさえできていないうちから広げる大風呂敷に誰もが呆れたが、05年発表した「ビッグバン」の大成功を受け、売上は4年で約10倍。

ウブロでビバーが仕掛けたことは、まさに革命的で、なかでも有名なのはインデックスも針も文字盤もすべてブラックで統一した“オールブラック”というスタイル。

発売当時、「どうして読めない時計を作ったのか?」というインタビューに対してと「いまどき腕時計で時間を見る人なんていないだろ!」と言ってのけた。
時計は時間を知らせるものではなく、カッコよくてステータルになるものだという意志が明確にわかるコメント!

◼️ジャン・クロード・ビバーの意志を継ぐ

1969年にスイス時計産業崩壊に繋がったクォーツショックを経て、ジャン・クロード・ビバーが「芸術性」という新しい価値を見出したことで大復活したスイス時計産業。

ここで重要なのは、産業の構造自体は何も変えていないということ。

現在の時計業界は、ラグジュアリー界の頂点に立ちそうなほど猛烈な勢いで成長を続けている。
でも本来はスイスの伝統産業として、農村で作られてきた、もっと土臭い世界だった。
田舎で作られていた伝統産業はクォーツというテクノロジーによって衰退した中で、新たな視点を持ち情熱を注いだ結果、今の地位がある。

まさに今の日本に必要なこと。
「伝統工芸は時代遅れ」
「田舎だから何もできない」
「新しいテクノロジーには勝てない」

でも、時間をかけて育て上げた技術や伝統は歴史という価値がある。
それこそ芸術性だと思う。

日本にはたくさんの伝統技術があるけど、ほとんどが衰退産業となっている。
今の日本に必要なのが視点を変えるマーケティング。
伝統こそ価値という内容を伝えられるテクニックを磨くことがこれから必要なスキルのような気がする。
スイスで辿った歴史を参考に日本でも取り入れることはたくさんあると思う。

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