正義と正義のぶつかり合い!価値観の違いが衝突をうむ

仕事でもプライベートでも「この人の考え方が理解できない!」って思うことがある。
意見がぶつかり合う原因は、お互いが「正しい」と思うことが違う時に起こる。

何が正しいかは人の価値観によって異なるけど、世の中には価値観の違う人ばかりいれば当然意見のぶつかり合いは起きる。
自分では正しいと信じている行為でも、受けてからは間違っていると思われることは多い。
ただ、全ての人が正しいと思えることが世の中にはない中でどこで自分は最終的に何を判断するかについて。

◼️100%「正しい」は存在しない!?

●正義と正義のぶつかり合い

近年、大きな規模での正義と正義のぶつかり合いが多い。

ウクライナとロシアの戦争

日本に住んでいれば、全く想像できない軍事侵略。
そもそも人を殺めるという行為は当たり前だけど間違っている考え方だけど、ロシア側にしてみたらウクライナを侵略することが正義となっている。

過激派と呼ばれる人や地域の衝突の原因は多岐に渡るけど宗教観の違いも含め、当事者同士はお互いの正義を掲げて戦うからどちらかが負けを認めるまで続く泥沼の戦い。
当然侵略しているロシアが100%悪いと考える国や人が圧倒的多数であっても、一部の地域はロシアの軍事行動を「正しい」もしくは「理解できる」としている国がいるという事実。

ゼロコロナとウィズコロナ

身近な正義のぶつかり合いだと、ゼロコロナとウィズコロナ論争。
目に見えないウィルスとの戦いでゼロコロナを目指すという考え方も正義。
一方、ゼロコロナを継続することで経済的ダメージを広げるなら、感染リスクがあったとしても制限を和らげながら共存していくという考え方。

経済成長している欧米先進国は、判断も早いからかなり前からウィズコロナ戦略をとっているため、経済活動が復活してきている。
ゼロコロナ戦略をいまだに続けている中国は輸入規制や外出制限などをいまだに繰り返し、経済活動を強制的に止めるなど未だにある。

日本のマスク論争も同じで、マスクを外しても大丈夫という正義も、マスクを外すと感染リスクが高いから間違っているという正義も理解できる。
そして、100%意見が一致することはない。

千羽鶴を送る正義と迷惑に感じる被災者

幸福祈願や長寿祈願などの想いを込めてつくった千羽鶴を送れば相手は喜ぶという正義もあれば、被災地にゴミとなる千羽鶴を送ると迷惑になるという正義もある。
どちらが正しいではなく、自分の中で何が正しいかということがすごく重要。

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●何が正しいか?

多くの人の意見が多い方が「正しい」という考え方が本当に正解なら、多数決で決めている社会は正しい方向に行くはず。

例えば、
国民投票で決められた政治家の多数意見で法案が決められたり政策が決められるけど、多数決意見をすすめた結果が、老人しかいない国会で忖度しかない組織が出来上がった。

会社組織も同じで、多数決意見が全て正しいと判断するような会社組織は意見をぶつける習慣がなくなり弱体化する。

「伝統」に縛られる組織はまさにこのケースで、昔からある考え方が正しいという間違った解釈が組織全体の判断を鈍らせ、衰退の道に進む。

日本の伝統が守れたのは、日本国内だけの需要でも経済が維持できたからであって、少子高齢化で人口が減れば当然国内需要だけでは経済が回らなければ、昔からある考え方では生き残れない。

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時代、時代に合わせて生き残るには、「何が正しいか?」を冷静に判断できるようにならなくてはいけない。
問題なのは「多数決意見が正しい」と信じ込んでいる人が圧倒的に多いという現実。

いくら正しいことであっても、過去の柵から抜け出せない大多数の間違った考え方が批判や否定になり、正しいことを貫けないというのが大前提にあると思う。
自分が「正しい」と思える常識は全ての人には適応できないを前提にした方がいいってこと。

●東京オリンピックの手のひら返し

大多数が正しいと批判、否定していた代表例が東京オリンピック。
オリンピック開催前まで、メディアや世間はオリンピック開催はリスクがあると徹底的に批判、否定していた。
その反対を押し切ってオリンピックを開催すると、多くの人が手のひら返しする。

これは人間心理として当たり前で、多数派意見に身を置くことで安心感を得る人が多く、世論が変わり少数派が多数派に変わった瞬間に何もなかったかのように鞍替えする人が多い。

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◼️全ての人を納得を考えない

●正しいと思うことを続ける

良くも悪くも自分の考え方を貫くと、当然批判を受ける機会が多くなる。
新しいことをやれば、新しいことをしたことがない圧倒的多数に批判、否定される。
目立った行動をすると、それを嫌だと思う人達が潰しにかかる。

これは世の常。

時代を動かしたり、変えるのは圧倒的多数の意見ではなく、最初は批判、否定されたことが時代を動かしている。
固定電話に慣れているから、スマートフォンなんか使いこなせないという大多数の意見があったけど、今ではスマートフォンが当たり前になっている。

既得権益や過去の常識に囚われてしまう大多数の批判を突破した技術や考え方が今の時代をつくっている。
逆を言えば、批判を突破した技術や考え方しか時代を変えられないことが多い。

今、当たり前のように使っているAmazonも最初は批判が多かった。
でも批判の中で続けた結果、ある一定数の賛同を得た瞬間に当たり前と変わる。
この一定数の賛同が普及率。

普及させるためには、最初は苦しい時間が必ずある。
ベンチャー企業はまさに少数派の正しいを貫くこと。
今、世の中をつくっている全ての企業は最初はベンチャーから始まっている。
その時代の中で多くの批判と戦いながら貫いた結果が今の規模ってこと。

意見が100%一致することは絶対にない。
そして、大多数が多数派意見に流される。
この中で、お互いが持つ「正しさ」のぶつかり合いが意見の対立や批判などになる。
対立、批判、否定の根底にはお互い持つ正義と正義のぶつかり合いってこと。
ここを理解した上で、自分の正しさを貫くってすごく大切だなって最近強く思う。

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