「成長」という悪夢、その先に何があるの?かつて幸福度NO.1だったブータンの末路

𖣯日々の気づき𖣯

「成長する」。
昨日より今日、今日より明日。
すごく前向きなような言葉だからこそ、ふと感じることがある。

「その成長の先には何があるの?」

誰もが幸福な人生を送りたいと願う。
そのために必死で働いて少しでもお金を稼ごうと頑張る。
ただ必死で働けば働くほと豊かになるどころか苦しくなる。
この成長の矛盾について。

◼️成長したい望みと行き着く先

●豊かになりたいが引き起こす悪夢!?

多くの人が「幸福な人生」を過ごしたいと願う。
では、何をもって幸福と言えるのか?
どうしても幸福な生活には、お金がたくさんなければいけないといった印象がある。

その理由は、お金さえあれば好きなところに住めて、余暇を楽しめ、何不自由なく生活できると想像しているからだと思う。

お金をたくさん持つために必死で働く。
必死で働いてお金をたくさんつかみ、住みたい場所に住み、好きなものを買えて側から見たら何不自由ない生活を手に入れたら必ず幸福度は上がるのか?
その答えはNOだと思う。

豊かになるために最低限のお金は必要だけどある一定のラインまでくると幸福度は変わらなくなる。

豊かになるために必死でお金を稼ぐ。
年収が高くなればなるほどプレッシャーが重くのしかかり、苦しくなるばかり。
実は、お金という比較できるものでは幸福度を測ることはできない。

お金だけでなく何かを「比較」することで優越をつけている限り幸福とはかけ離れていく

●企業成長の呪縛がダメになる理由

企業は少しでも成長し大きくなりたいという望みを持っている。
売上規模は毎年大きくしたいし、当然利益も増やしたい。
そして成長し続けるために新しい挑戦を繰り返したり大量に人を採用する。

企業が大きくなればなるほど、小回りや判断スピードは落ち、さらには人件費が増えれば企業収益を圧迫していく。
従業員の生活を守るために企業は成長するしかないという状況になってくる。
そして気がついた時には身動きができない状況に追い込まれ企業倒産という状況になったりする。

企業は成長したいと望みこそが、多くの企業がダメになる最大の理由。

◼️知らないという幸福

●世界で一番幸せの国、ブータン

「世界で一番幸せの国、ブータン」というキャッチフレーズは1度は聞いたことがあると思う。
インドと中国の間にあるブータン。

経済的には決して豊かとは言えない国で2005年の国勢調査では国民の97%が「私は幸せである」と答えていることで注目を集めた。

国民が皆一様に「雨風をしのげる家があり、食べるものがあり、家族がいるから幸せだ」と答える姿が世界に注目され、「世界一幸せな国、ブータン」として知られるようになってきた。

●ブータンがなぜ幸せの国なのか?

2005年当時、ブータン国民の97%幸せだという調査結果が出た理由は大きく3つある。

①GDPではなくGNHを重視する国

ブータンの最大の特徴は、GNH(Gross National Happiness)を提唱し、GNP(国民総生産)で測られる経済的な成長よりも、国民の幸せ度を上げることを重視していることにある。

ブータンの提唱するGNH・国民総幸福量とは、ざっくりいうならば、「経済的な豊かさではなく精神的な豊かさを重んじる」というもの。

②足ることによる幸せではなく、当たり前の生活を送れる幸せ

国民からの尊敬と人気と注目を常に集め続けている国王という絶対的リーダーの下、「医療や教育が無償で平等に提供されている」という福祉の手厚さ、そして信仰心。

これらがブータン人が自らが幸福だと感じる理由の1つ。 
「1日3食食べられて、寝るところがあって、着るものがあるという安心感」、それだけで満ち足りていて幸福だと感じている。

③幸せの基準は国家ではなく個人・家庭

ブータン国家は、幸福量の増加を目指しているが、その基準は国家それ自身にあるのではなく、国家が幸福であるためには、国民それぞれの家庭が幸福であることが基本と考え、国民の幸せのために国家がまず豊かになるとは考えない。

この3つの考え方を重要視していたからこそ、国民の多くが幸福感を持っていた。

◼️ブータンの幸福度変化

●近代化はするけど西洋化しない

ブータン政府は近代化はするけれど、西洋化はしないという方針をとり、そのための仕組みを作っている。

例えば、
ブータン政府は海外からの観光客に1日当たり$250程度の公定料金を制定。
公定料金は内国税に加え、食費・宿泊費・ガイド費用・国内移動費用などに充てられ、1日ブータンを観光するだけで1日$250費用がかかるとなれば当然観光客は自然環境を楽しみたい富裕層になる。

ブータンの自然豊かた環境を観光資源にして外貨を稼ぐ戦略をとるとどうなるか?
これまで、外からの情報が少ない鎖国状態で国民が比較しなかった幸せの基準が、「お金」という比較できる基準が幸福度を下げた。

それが貧富の差。

●比較が幸福度を下げた⁉︎

「1日3食食べられて、寝るところがあって、着るものがあるという安心感」と考える人が多かったブータンで観光産業で外貨を稼ぐようになると、ブータン国内で観光業に携わる人が裕福になっていく。

同時にインターネットの普及で、外の世界との比較が簡単になったことで、これまで家族一緒に雨風しのげてご飯を食べれるだけで幸せという価値観から、裕福な生活への憧れを持つ人が増えた。
ブータンは近代化によって外の世界と比較できるようになり、新たな欲求が貧富の差を作り幸福度を下げていった。
かつてブータンの幸福度が高かったのは、情報鎖国によって他国の情報が入ってこなかったから。

情報が流入し、他国と比較できるようになったことで、隣の芝生が青く見えるようになり、「貧しさ」を知ったことで幸福度が下がった。
裏を返せば、「貧しさ」を知らなければ幸せだったということ

「貧しさ」を知るきっかけとなったのがブータンの近代化。

近代化させ国を裕福にするという戦略が、裏目に出て国は観光業で外貨を稼ぐことができたけど、その反動で国民は比較できるようになり幸福度が低下していった。
まさに近代化という「成長」を目指した結果、多くの人を不幸にしたという悪夢がブータンで起こった。

◼️資本主義が生み出す貧富の差

●成長が明確にする差

成長をする。
それは過去より良くなることを意味している。
個人であれば知識や経験を得ること。
企業であれば業績を伸ばし続けること。
成長を維持するためには、考え続け行動しなけければ成長の実感を得ることができない。

この実感こそが比較。

何かと比較することで成長の安心感を得る。
個人成長では、以前はできなかったことができるようになる。
自分の得意な分野で価値を生む。

企業成長では、企業規模が拡大しやれることが増える。
株主等の社会的評価を得る。

このように成長するということは、比較を明確にすることでもある。

「お金」という基準で比較する場合、貧富の差こそが成長した個人や企業の裏側に生まれた比較されることで貧しさを知る人を増やすことにつながる。

これこそ「成長」が生み出す悪夢。

関連ブログ⬇️ 貧困を感じる層の拡大

●幸福とは?

幸福を広辞苑で調べると「心が満ち足りていること」とされている。

ブータンはかつて「経済的な豊かさではなく、精神的な豊かさを重んじる」ということ大切にしていたことで経済的に豊かではなくても心は満たされていたから、国民の97%もの人が今の生活に「幸せ」を感じて満足していた。

世界三大幸福論としても有名なアラン『幸福論』には、幸福や不幸は自然と降ってくるものではなく、自分で作り出すものだと書かれている。
不幸に感じている人は得てして周囲や環境に原因を求めがちだが、実は自分からマイナスの方向にばかり考えてしまい、結果として不幸を呼び寄せてしまっていると考える。
そうした上で幸福になるためには、自分の不幸を他人に話すようなことはしてはならない。

これは、自分が他人から与えられるものは、自分が他人に施したものの裏返しであると言う考えに基づいている。

かつてのブータンが大切にしていた利他の心や、周囲の人々がまるで家族のように関わりあって助け合っている環境こそ幸福度の秘訣だったのかもしれない。
近代化に舵を切ったブータンは、利他の心から利己の心を持つ人が増えた結果国民の満足度を下げてしまったという悪夢。

「成長」とは必ずしもいいものというわけではないってこと。

関連ブログ⬇️ 運を引き寄せる方法とは?

コメント

タイトルとURLをコピーしました